Web版 宇土八景

(釈文・訳・解説:辻 誠也)

釈文

三宮夜雨
かさ乃端(はし)耳(に)
津(つ)とふ志(し)つく毛(も)
静(しずか)那(な)る
三(さん)能(の)やしろ農(の)
雨の夜寸(よす)可良(がら)

三宮(さんのみや)夜雨(やう)
三の社(三宮(さんのみや))の境内の
雨の夜の静かさは
何とも言えないものである
通りすがりにふと鳥居を見ると
かさ(鳥居の上)の端には
雨の滴が集まって今にも落ちそうにしている。

解説

西岡神社のある雨の夜の情景描写である。静寂に包まれて神聖な雰囲気が伝わる。その静寂の中にあるささやかな賑やかさを〝滴が集う(津とふ志つく)〟という比喩表現を添えている。

釈文

轟山晩鐘
立(たち)那(な)ら婦(ぶ)
ま川(つ)よりもれ天(て)
入相農(いりあいの)
か弥(ね)乃(の)ひゝ(び)き毛(も)
とゝろ起(き)能(の)山(やま)

轟山(とどろきやま)晩鐘(ばんしょう)
なんと見事な枝振りか
そんな松に覆われた
とどろき山の夕暮れ時
木々の間を縫(ぬ)うように
お寺の鐘がときを告げる

解説

宇土のまちはずれからの情景であったのであろうか。平和な時の流れが伝わる。当時の轟の山には見事な松の木が数多く立並んでいたことも想像できる。鐘の音は細川家の菩提寺のものであったのであろう。

釈文

山下(さんか)落雁(らくがん)
や万(ま)したの
田面(たおも)能(の)友に
さそハ連(れ)て
婦(ふ)多(た)多(た)ひ(び)をつる
天津(あまつ)可(か)り可(か)音(ね)

山下落雁
山麓に広がる水田
そこに雁の群が見える
仲間たちであろうか
飛んでいた雁の群も
優雅に舞い降りて
賑やかに餌をつついている

解説

中世宇土城跡辺から塩田方面を見た情景であろうか。今日殆んど見ることの出来ない風景であり、なんともうらやましく感じられる。

釈文

大曲帰帆
浪(なみ)き葉(は)
風を可しとや
お満(ま)可(か)り能(の)
汀(みぎわ)尓(に)よ寸る
千舟百舟

大曲(おおまがり)帰帆(きはん)
緑川河口、大曲
風を受けた小舟や帆船(はんせん)が
巧(たく)みに舵(かじ)を取りながら
上り、下りしている
美しく、波打つ緑川
数百、数千の船が行かっている

解説

椿原の丘辺(あたり)からの眺望であろうか。江戸時代初期の緑川下流の隆盛が目に浮かぶようである。又、自然と人々との共生の仕方の移り変わりが伺える歌でもある。

釈文

金峰(きんぼう)晴嵐(せいらん)
山風(やまかぜ)に
雲も己可連(こがれ)て
津(つ)具(く)し那流(なる)
こ可(か)年(ね)能(の)三弥(みね)そ
楚(そ)らに者(は)るけ起

金峰晴嵐
山の嵐に木々が靡(なび)いている
空の雲は今日の山のようすに恋い焦がれたのであろうか
つくし色に染まっている
その雲を背景に金峰(こがねのみね)の山は
くっきりと際(きわ)だって見える

解説

雲まで恋してしまう程、金峰の山の美しさには魅力のあることを強調したものであろうか。うす茶色の雲を背景にくっきりと遠くに見える金峰山の眺めが比喩的に歌われている。

釈文

立丘秋月
いけの鏡農(の)
くもり那(な)き
顔(かお)照る月に
免(め)てゝや人も
たち能(の)岡(おか)の

立丘秋月(たちおかしゅうげつ)
美しい月が水面に映(は)えている
誰かがそれを立って
岡((丘))の上から愛(め)でている
まわりは静寂に包まれ
池はまるで磨きあげた鏡にも見える

解説

高い丘から立岡の池に目をやると月の光が水に映えて、美しく輝く様子は数百年変わらない立岡の池の恵みが伝わる。満月の月見の光景であろうか。

釈文

松橋夕照
ゆふ那(な)きや
か起(き)里(り)以津古(いづこ)と
しら浪(なみ)尓(に)
日可留(ひかる)越(を)うつ寸(す)
松(まつ)者(は)し乃(の)浦(うら)

松橋夕照(まつばせゆうしょう)
まつはし((松橋))の夕凪(なぎ)
どこまで続いているのか
真白で長く続く細い波しぶき
静寂(せいじゃく)に満ちた岸辺
今にも沈みそうな夕日がすべてに映えて
なんとすばらしい光景であることか

解説

岸辺の丘からの眺めであろうか。当時の松橋(まつばせ)海岸の絶景が偲ばれる。江戸時代末期に行われた干拓地の広がる今日からは想像するだに難しい。

釈文

安蘇(あそ)暮雪(ぼせつ)
津(つ)もり亭(て)裳(も)
奈(な)を立(たち)の保(ぼ)る
煙(けむり)等(など)
荒(あれ)雪ハすゝけ怒(ど)
阿曾(あそ)濃(の)ゆふ昏(ぐれ)

安蘇暮雪
夕暮れ時
阿蘇山を遠望すると
山上は積雪で真っ白である
そこに火口からの噴煙が激しく立ち上(のぼ)っている
そのせいであろう
純白の雪が灰色っぽく煤(すす)けて見える

解説

ある雪の日の阿蘇の眺めである。阿蘇山の雄大さ、美しさを噴火と雪の白さという対照で表している。その日は、普段真っ白な雪が灰色に煤けて見える程の大噴火があったのであろうか。