孝行娘
1
むかしむかし、宇土の城下町に、それはそれはたいへん親孝行の娘がおりました。 それは今から400年ぐらい前のことで、宇土の城のお殿様は、名和伯耆守顕孝(なわほうきのかみあきたか)という人でした。
2
ある日のことです。お殿様は自分の領地を自分の目で確かめたいと、 一人で城を抜け出して、 あちこちを見て歩きました。
領地を見てまわる途中でおなかが減り、 町はずれの茶屋に入りました。
3
お殿様は、 娘のすすめるお茶を飲み、 箱に並べられた小さなかわいい餅(もち)を見つけました。
「娘、 それをくれ。」と言い、 一口食べました。
丸くて白い、 そして小さいけれど、 とってもおいしい餅(もち)でした。
この餅(もち)は、 娘のお静とその母が毎日作る手作りの餅(もち)でした。
4
お殿様は、 「うまかった。」と言って金を払わずさっさと茶屋を出て行こうとしました。
いつもは家来衆を連れていますので、 自分で金を払うことなどありません。
うっかり店を出てしまいました。
5
お静は、 お殿様の顔など知るはずがありません。
それで、 お殿様の袖(そで)をひっぱり
「お客さん、 お代をちょうだいいたします。」
お殿様は、 はっと思いました。
ふところを探りましたが、 一分(いちぶ)の金もありませんでした。
6
お殿様は、 自分が着ている羽織の小袖(こそで)を切って娘に渡し、
「これをもってお城に来てもらいたい。そのときお代を取らす。」
と言って、 さっさと帰ってしまいました。
7
お静はあの時うっかりして名前を聞くことを忘れていましたが、
「この紋どころは城主、 お殿様のものだ。」
「ご無礼なことだ。このままでは済まんぞ。」
「娘ばかりじゃない。お母さんの命も危ないぞ。」
「これは、えらいことになったぞ。」
と町中が大騒ぎとなり、 お静は不安になりました。
8
お静は小袖(こそで)をもってお城に出かけ、
「知らぬこととはいえ、 お殿様へのご無礼、 せめてお母さんの命だけは助けてください。」
とお願いしました。
9
すると殿様が、
「感心な娘よ、 おまえの親孝行に免じて、 褒美(ほうび)をとらせよう。」
と言い、 帰りにはお代とたくさんの褒美(ほうび)をもらって帰りました。
それから、 お静とその母が作る小さな餅(もち)は宇土の名物となり、 今では小袖餅(こそでもち)と呼ばれるようになりました。