7月27日(9時30分・三重港出港、16時50分・大島・馬込港入港)

大王のひつぎ実験航海事業

航海日誌

7月27日(9時30分・三重港出港、16時50分・大島・馬込港入港)

 快晴、波静か。絶好の実験航海日よりだ。古代船「海王」が石棺蓋積載丸太船「有明」を曳く実験航海A隊形でいさんで三重港から外海に出たが、30分後に「海王」の山田甲子朗艇長(水産大学校端艇部主将)から学生の不調を訴える連絡が相次ぎ船団ストップ。一人はボートフックで目の付近を打って警戒船・大幸丸で搬送し病院へ。一人は腹痛で指揮船・紺碧のトイレに。もう一人は気分がすぐれず母船・平成2号に収容。病院行きは医師が「冷やせばOK」で治療終了、大事を取って車で次の寄港地へ。腹痛くんはトイレから出てきて「夜、さわぎすぎて」と頭をかきながら帰船。もう一人はすぐ元気になったが、念のため平成で休ませることに。

 1時間半のロスだったが体力を消耗する古代船航海4日目でみんなに疲労がみえ、慎重に航行再開。漕ぎ手が減ったので「海王」単船漕行の実験航海C隊形で、かつ漕ぎ手の半分を交互に休ませる半舷漕行で東シナ海を北上。陸側に最高0.8ノット寄せる潮流に向かうジグザグ漕行を試みたが速度は2.9ノット。つまり5~6ノットの巡航速度を持つ古代船「海王」は半舷漕行でも3.7ノットは出せる能力があることがわかった。トラブルを逆に実験航海データ採取に転じた形だったが、古代、沿岸の地方豪族の支援がなく漕ぎ手が少ない時はこの半舷漕行で息をつきながら行ったのかもしれない。

 「このままでは次の寄港地の交流行事に間に合わない」と洋上昼食後は曳航隊形で肥前大島・馬込港に向かう。実験航海の目的は学術面が主だが、海沿いの地域を交流でつなぐ現代的意味も込めている。紺碧に移乗した学生の元気づけのためキャビンから携帯CDプレーヤーで中島みゆきの『プロジェクトX』を鳴らしたが、疲労のためか子守歌となって全員甲板でお昼寝。無邪気な寝顔の横をイルカの群れが通り過ぎていった。

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