第二部 夢の実現に向けて
第六回 石棺を載せた船
巨大イカダ「台船」の復元に挑む
石棺を海路どのようにして運んだのか?
古代の船に詳しい松木哲・神戸商船大学名誉教授は、巨大なイカダを組み合わせた「台船」に載せて、それを船で曳っ張って輸送したのだろうと結論付けました。
ここで大きな壁がプロジェクトメンバーの眼前に立ちはだかりました。馬門石の石棺や修羅は実物が存在しており、古代船(海王)も宮崎県の古墳から出土した船形埴輪をモデルにするなど、何らかの手がかりがありました。ところが、台船だけは実物がまだ1つも発見されていない、いわば「未知の船」なのです。
一口に「巨大なイカダ」と言っても簡単ではありません。単純だからこそ難しいのです。例えば、1本1本の木が直径約1mと大きいために、木の加工方法や組む方法がまず問題になります。また、ただでさえ重い石棺を、巨大なイカダで運ぶわけですから、イカダがバラける危険性があることは誰の目から見ても明らかです。
この欠点をどうすれば防げるのか・・・。「とにかく模型を作り、実験を重ねて台船の構造や特徴を手探りでつかむしかない」青年塾のメンバーから声が上がりました。間伐材を用いて台船の模型を作り、実験を重ねて1500年前には確かに存在したであろう台船の姿を現代に甦らせようというのです。
台船模型の製作を開始したのは今年9月。長さ約2mの加工した5本の間伐材をがっちり組み合わせてロープで結ぶ構造です。嘉島産業(網津町)のご協力により、石材採取地の沈殿池を実験の場として使うことになりました。
9月23日と11月11日には、石棺を想定してコンクリートや砂利などを載せて沈殿池に浮かべ、模型を実際に航行するスピードで引っ張りながら人工的に波を起こしたり、メンバーが台船に乗って左右に揺さぶって安定具合や重心の位置を確かめました。
製作に携わる青年塾の木村浩徳さん(網引町)は、「台船全体が少し沈んだ状態が安定している」と話し、電動ノコギリを使ってその場で先端の形などを改良しました。
台船は来春までに完成する予定です。来年の夏、石棺を載せた台船は「海王」と共に大海原を見事に乗り越え、大阪に到着することでしょう。 なお、台船の原木となる3本の松は既に到着しており、JA熊本うき・旧網津支所(住吉町)の敷地で見ることができます。
次号から、第3部「馬門石にまつわる歴史と人々」が始まります。お楽しみに。